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大分地方裁判所日田支部 昭和55年(ワ)26号 判決

原告

井上秀明

ほか一名

被告

高波喜文

主文

一  被告は、原告井上秀明に対し金二四〇万九〇五〇円及び内金二二〇万九〇五〇円に対する昭和五五年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告井上ハルヱに対し、金一七五四万六八一九円及び内金一六〇四万六八一九円に対する昭和五六年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告井上秀明に対し金五九〇万二二四〇円及び内金五四〇万三二四〇円に対する昭和五五年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員、原告井上ハルヱに対し金二六一七万二一四〇円及び内金二四一七万二一四〇円に対する昭和五六年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、左記交通事故に遇つた。

(一) 日時 昭和五四年六月二九日午後三時五〇分ころ

(二) 場所 日田市天神町一五三番地国道二一二号線上

(三) 加害車両 普通乗用車(大分五五ひ七四九三)

(四) 加害車保有者 被告本人

(五) 被害車両 普通乗用者(大分五五も八三二八)

(六) 事故の態様 原告秀明が被害車を運転し、原告ハルヱを助手席に同乗させ、事故地点で右折のためセンターラインに寄つて停止中、後続の被告運転の加害車から追突されたもの。

2  負傷及び治療状況

(一) 原告秀明は、本件事故により外傷性頸部症候群、第五胸椎棘突起痛の傷害を受け、昭和五四年七月一日から同月二五日まで二五日間日田市中央病院に入院し、同年六月二九日と同年七月二七日から同年一一月六日までの間に実治療日数一五日の通院治療を受け、その後は通院を打ち切つたものの軽快せず、昭和五五年一一月一二日症状固定との診断を受けた。

(二) 原告ハルヱは、本件事故により頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸部症候群、下腿打撲症、左肩打撲、左肩関節周囲炎の傷害を受け、昭和五四年六月二九日から同年八月三日まで三六日間入院し、その後も同年八月五日から昭和五六年一月三一日の症状固定までの三〇ケ月間に実治療日数一五四日間の通院治療を受けた。

3  損害

(井上秀明関係)

(一) 入通院慰藉料 金八〇万円

原告秀明は、昭和五四年一一月七日以降は貧困のため通院を打ち切つたが、症状固定時までは通院を要する状態で、かつ、健康時の五割程度しか就労できなかつた。そこで、症状固定までは少くとも通院の五割程度の評価による慰藉料が支払われるべきであつて、前記入通院及び症状固定時までの苦痛に対する慰藉料としては八〇万円が相当である。

(二) 後遺症慰藉料 金一四〇万円

原告秀明は、症状固定後においても胸椎の棘上靱帯、棘間靱帯、椎間関節等の慢性の炎症状態を残し、同部分の安静時の疼痛、運動痛、呼吸運動による運動痛、両肩にかけての疼痛等に苦しんでいる。右後遺症は自賠法施行令別表第一二級一二号「局部に頑固な神経症状を残すもの」や同一四級一〇号の「労働には通常差し支えないが、時には強度の疼痛のためある程度差し支える場合があるもの」に該当するので、一二級相当として、これに対する慰藉料は一四〇万円が相当である。

(三) 逸失利益 金三一三万九二〇〇円(一〇〇円未満切捨て)

(1) 症状固定まで 金二〇一万三五六一円

原告秀明は、事故当時健康な男子であり、大工として就労し、事故前三ケ月の平均で一ケ月当り一六万八〇〇〇円の給与所得を得ており、その外にも個人的な賃仕事で月平均二万円、合計一八万八〇〇〇円程度の収入を得ていた。しかし、本件事故後は昭和五四年一〇月ころまでは完全に休業し、同年一一月以降も実家の牛舎の建築に従事して一五万円の賃金を得たほか、昭和五五年一〇月一五日までの間に合計一三〇日間就労し、一日当り七五〇〇円、合計九八万二五〇〇円の収入を得たに過ぎない。右期間中の平均月収は八万五四三四円であり、事故前に比べ月額一〇万二五六六円の減収となつている。よつて、本件事故後症状固定時までの原告秀明の減収は、事故当日から同年一〇月末日まで四ケ月として計七五万二〇〇〇円、同年一一月以降症状固定までを一二・三ケ月として一二六万一五六一円、合計二〇一万三五六一円となる。

(2) 症状固定後 金一一二万五六五三円

原告秀明の後遺症は一二級相当であるので、経験則上これによる労働能力の喪失割合は一四パーセントであり、少くとも今後四年間持続する。右労働能力喪失による減収割合も一四パーセントを下らないので、事故前の平均月収一八万八〇〇〇円を基準にすると、一年間の減収額は三一万五八四〇円となる。よつて、症状固定時における向後四年間の減収総額の現価額は、新ホフマン式計算で合計一一二万五六五三円となる。

(四) 諸費用 金六万三〇四〇円

(1) 入院雑費 金二万円

一日当り八〇〇円、合計二万円。

(2) 交通費 金四万三〇四〇円

入通院その他被害車運転不能により、代替手段としてタクシー等を利用したが、その合計は四万三〇四〇円である。もつとも、右の内入通院に要した交通費は、タクシー代往復七六〇円で、入退院一往復、通院一五往復分で一万二一六〇円であるが、その余のタクシー代三万〇八八〇円も、被害車の使用不能のためやむなくタクシーを利用したものであるから、昭和五五年一月初ころの新車購入までの休車に伴う通常の損害と認めらるべきである。

(五) 物損 金三五万円

本件事故のため原告秀明所有の普通乗用自動車(三菱ギヤラン一四〇〇CC四七年型)が大破し、廃車を余儀なくされた。従つて、この損害は中古車市場における同程度の車の再調達価額の三五万円である。

(六) 損害の填補 金三五万円

三五万円の支払を受けた。

(七) 弁護士費用 金五〇万円

内入金の一部支払を受けたのみで、そのために本訴提起を余儀なくされた。よつて、一審判決時までの弁護士費用は五〇万円を下回らないので、内金五〇万円を請求する。以上合計金五九〇万二二四〇円

(井上ハルヱ関係)

(一) 入通院慰藉料 金一六〇万円

前記入通院間の原告ハルヱの苦痛に対する慰藉料は、一六〇万円が相当である。

(二) 後遺症慰藉料 金六〇〇万円

原告ハルヱの後遺症の程度は左記のとおりである。

(1) 眼の障害

両眼の裸眼の視力はいずれも〇・三以下(自賠法施行令別表九級の一)、かつ、対光反射の著減により「著明な羞明を訴え、労働に著しく支障をきたすもの」(前同一一級準用)に該当する。

(2) 嗅覚、味覚の脱失

いずれも前同一一級準用。

(3) 神経症状

後頭部から頂部にかけての疼痛、左上肢(左肩を含む)左下肢の異常知覚、ふらつき、耳鳴り等であつて、少くとも「一応労働することができるが、労働能力に支障が生じ軽易な労務にしか服することができないもの」の程度に達しており、前同七級の三に相当する。また、失調、目まい及び平衡機能障害は、単独でも七級の三に相当する。

以上を総合すると、原告ハルヱの後遺症は、少くとも七級に相当し、その慰藉料は六〇〇万円が相当である。

(三) 逸失利益 金一八二一万五九〇〇円

(1) 症状固定まで 金四七三万九九〇〇円

原告ハルヱは、症状固定まで全く就労不能となり、事故前ドライブインの店員として得ていた給与を失つた外、家事労働にも殆んど従事できない状態であつた。よつて、原告ハルヱの右期間の逸失利益は、得べかりし賃金の喪失と家事労働不能による障害とを総合して、賃金センサス第一巻第一表の全女子労働者の企業規模計学歴計平均賃金程度と評価すべきところ、昭和五五年度賃金センサスによれば、右平均賃金は年額にして一八三万四八〇〇円、月額一五万二九〇〇円(一〇〇円未満切捨)である。前記治療期間は約三一ケ月であるから、右期間の原告ハルヱの損害は四七三万九九〇〇円となる。

(2) 症状固定後 金一三四七万六〇〇〇円

原告ハルヱの前記後遺症による労働能力の喪失割合は、少くとも五六パーセントであり、回復の見込みもない。原告ハルヱは症状固定時四八歳であるから、今後六七歳に至るまでの一九年間、毎年前記全女子労働者の平均賃金年額一八三万四八〇〇円の収入を得た筈である。よつて、年別ホフマン式計算により中間利息を控除した右期間の逸失利益の現価額は一三四七万六〇〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となる。

(四) 諸費用 金二九万六二四〇円

(1) 入院雑費 金二万五二〇〇円

一日七〇〇円として計算。

(2) 通院雑費 金二七万一〇四〇円

通院費用として少くとも片道八八〇円、往復一七六〇円のタクシー代を要しているので、実治療日数一五四日を乗ずると二七万一〇四〇円となる。

(五) 損害の填補 金三四万円

三四万円の支払を受けた。

(六) 弁護士費用 金二〇〇万円

内入金の一部支払を受けたのみで、そのために本訴提起を余儀なくされたので、少くとも二〇〇万円の弁護士費用の負担を免れない。

以上損害合計金二六一七万二一四〇円。(ただし、右金額は違算で、二七七七万二一四〇円が正確である。)

4  よつて、原告秀明は被告に対し、金五九〇万二二四〇円及び右金員から弁護士費用五〇万円を控除した内金五四〇万三二四〇円に対する症状固定の日である昭和五五年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告ハルヱは被告に対し、金二六一七万二一四〇円及び右金員から弁護士費用二〇〇万円を控除した内金二四一七万二一四〇円に対する症状固定の日である昭和五六年一月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項(一)ないし(五)の事実は認めるが、(六)の事故の態様は争う。

2  同2項の事実中、原告らの入通院の事実、日数は認めるが、その余の事実は不知。

3  同3項

(井上秀明関係)

(一)の金額は争う。入通院慰藉料は四七万円が相当である。

(二)の後遺症の存在は争う。

(三)(1)の事実中、原告秀明の平均月収が一八万八〇〇〇円であることは認めるが、その余の事実は争う。同人の通院の実情に照らすと、通院期間の二分の一の五三日と入院期間の二五日の合計七八日が不就労の期間とするのが相当で、従つて、逸失利益は四八万二一〇五円となる。

(三)(2)の事実は否認する。

(四)(1)の事実は争う。一日五〇〇円計一万二五〇〇円が相当である。

(四)(2)の事実は争う。往復バス代六六〇円の一六日分一万〇五六〇円が相当である。

(五)の事実は争う。被害車の事故当時の時価は一〇万円、レツカー代一万五〇〇〇円合計一一万五〇〇〇円が相当である。

(六)の事実は認める。

(七)の事実は不知。

(井上ハルヱ関係)

(一)の事実は争う。入院三五日、通院五四八日として五二万五五〇〇円が相当である。

(二)の後遺症の程度は争う。一四級相当で慰藉料は六〇万円が相当である。

(三)(1)の事実は争う。原告ハルヱの休業損害算定の基準は、ドライブイン勤務時の月収とすべきであつて、これによれば一三〇万八三四九円となる。

(三)(2)の事実は争う。原告ハルヱの所得の基準は前項のとおりで、喪失率を後遺症一四級に該当する五パーセント、喪失期間は五年間が相当であるから、ホフマン方式による現価額は一七万八七四四円となる。

(四)(1)の事実は争う。一日当り五〇〇円として一万七五〇〇円が相当である。

(四)(2)の事実は争う。往復バス代六六〇円の一五四日分一〇万一六四〇円が相当である。

(五)の事実は認める。

(六)の事実は不知。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1項(一)ないし(五)の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証の一、二、第四ないし第九号証によれば、同(六)の事実並びに被告は、事故当時本件現場付近は降雨のため路面が湿潤し、滑り易い状況であつたが、制限速度を四〇キロメートル毎時超過する八〇キロメートル毎時の速度で進行したため、被害車を発見してブレーキを踏んだが、ブレーキが効かず、ハンドル操作もできないまま被害車に追突した事実が認められる。

二  証人中川隆三の証言により真正に成立したものと認められる甲第一〇、一一号証、証人中川隆三の証言、原告ら本人尋問の各結果によれば、本件事故により、原告秀明は外傷性頸部症候群、第五胸椎棘突起痛の傷害を、原告ハルヱは頭部外傷Ⅱ型、外傷性頸部症候群、下腿打撲症、左肩打撲症、左肩関節周囲炎の傷害を蒙つた事実が認められる。

三  弁論の全趣旨によれば、原告らは、人身の損害につき自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条、物損につき民法七〇九条に基づき損害の賠償を求めているものと認められるところ、前記一、二項の当事者間に争いのない事実及び右認定の各事実によれば、被告は原告らに対して、自賠法三条、民法七〇九条により本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  そこで、原告らの損害について判断する。

(井上秀明関係)

1  慰藉料 金六〇万円

原告秀明が本件事故により二五日間入院し、その後実治療日数一五日間の通院治療を受けたことは、当事者間に争いがない。又原告秀明本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第九号証に、甲第一〇号証、成立に争いのない乙第一四号証、証人中川隆三の証言、原告秀明本人尋問の結果を総合すれば、原告秀明は、昭和五四年一一月六日までは通院治療を続けたが、同日以降は自己の都合で治療を中止したこと、昭和五五年一一月一二日ころの症状固定時ころにも、なお胸背部痛と背部から前胸部への放散痛の自覚症状があり、検査結果によつても胸椎棘突起二番から五番にかけての叩打痛があつて、背部屈伸運動に際して疼痛が存在するが、右各症状は胸椎の棘上靱帯、棘間靱帯、椎間関節包等の軟部組織の慢性の炎症状態に起因するものと認められること、右症状により原告秀明は、事故当時から昭和五四年一〇月ころまでは全く稼働できなかつたが、同年一一月以降昭和五五年一〇月一五日までの間は平常時のほぼ五割程度の就労しかできなかつたこと、しかし、一方症状固定時ころには、検査結果としても神経学的には特に異状が認められず、就労能力等に影響を及ぼす神経等の障害はなかつたことなどの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上認定の諸事実特に原告秀明の通院治療状況等を総合すれば、昭和五五年一一月ころの症状固定時には、原告秀明には自賠法施行令二条別表規定の後遺障害に該当する症状は存在しなかつたものと解するのが相当である。従つて、原告の後遺症の存在を前提とする慰藉料一四〇万円の請求は失当である。しかし、原告秀明の職業、症状固定時までの稼働状況、放散痛の存在に、前記一項認定の被告の過失の態様等を考慮すると、原告秀明の本件受傷による慰藉料は六〇万円と認めるのが相当である。

2  逸失利益 金一八一万〇八九〇円

原告秀明の本件事故当時の平均月収が一八万八〇〇〇円であつたことは、当事者間に争いがない。そして、甲第九号証、原告秀明本人尋問の結果によれば、原告秀明は、本件事故後は実家の牛舎の建築に従事して一五万円の賃金を得たほか、昭和五五年一〇月一五日までに合計一三〇日間就労し、一日当り七五〇〇円計九七万二五〇〇円の賃金を得、合計一一二万五〇〇〇円の収入を得た事実が認められ、右認定に反する証拠はない。原告秀明が事故当日から昭和五五年一〇月一五日までの四七五日間、事故当時の収入を継続して得ていたものとすれば

188,000円×12÷365×475=2,935,890円

を得たことになるので、右金額から前記実収入の一一二万五〇〇〇円を控除すれば、残額は一八一万〇八九〇円となる。よつて、右一八一万〇八九〇円が原告秀明の事故当日から昭和五五年一〇月一五日までの逸失利益である。そして、同年一〇月一六日から症状固定時までの減収についてはこれを認めるに足る証拠がなく、症状固定後においては後遺症の存在しないことは前記認定のとおりであるから、後遺症の存在を前提とする症状固定後の一一二万五六五三円の逸失利益の請求は失当である。

なお、被告は、原告秀明は通院期間中も就労可能な状態に達していたので、休業期間は通院期間の二分の一が相当である旨主張するが、右主張を根拠づけるに足りる証拠はなく、前記認定の諸事実に照らしても、右被告の主張は採用できない。

3  諸費用 金二万三一六〇円

(一) 入院雑費 金一万二五〇〇円

入院一日五〇〇円として、二五日分の一万二五〇〇円が相当である。

(二) 交通費 金一万〇六六〇円

入通院に要する交通費は、入退院時のタクシー代、通院時のバス代が相当と認められるところ、原告秀明本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一によれば、原告秀明の要したタクシー代は一往復分七六〇円と認められ、又弁論の全趣旨によれば、バス代の一往復分は六六〇円と認められるので、通院一五日分として九九〇〇円、交通費合計は一万〇六六〇円と認めるのが相当である。

4  物損 金一二万五〇〇〇円

成立に争いのない乙第一六号証、原告秀明本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を総合すれば、原告秀明所有の普通乗用自動車(三菱ギヤラン一四〇〇CC、四七年型)は大破し、廃車を余儀なくされたこと、右被害車の事故当時の中古車市場における価格は一〇万円であつたこと、原告秀明がレツカー代として一万五〇〇〇円を支出していることなどの事実が認められる。

なお、原告秀明は、自己所有車の大破による代車使用料として三万〇八八〇円を請求しているので、検討するに、原告秀明本人尋問の結果に、右結果により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし六八、第八号証の一ないし六によれば、原告秀明は、昭和五四年一二月ころ新らしく車を購入したが、それまでの間原告らやその家族の交通手段として相当のタクシー代を支出している事実が認められるが、代車使用料としての期間は通常次の車を購入するまでの期間として二ケ月が相当であり、また一ケ月当り五〇〇〇円が相当と思料されるので、右代車使用料は計一万円と認める。

よつて、原告秀明の物損は合計一二万五〇〇〇円が相当である。

5  損害の填補 金三五万円

原告秀明が内金三五万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

6  弁護士費用 金二〇万円

原告秀明が本訴の提起、追行を弁護士である原告代理人に委任していることは明らかであり、本件事案の性質、訴訟の経過等諸般の事情に鑑み、本件事故と相当因果関係にある損害は、二〇万円が相当である。

よつて、原告秀明の請求しうべき損害額は、合計二四〇万九〇五〇円である。

(井上ハルヱ関係)

1  入通院慰藉料 金一三〇万円

原告ハルヱの入通院の事実及び日数は当事者間に争いがない。(もつとも通院期間は五四五日の約一八ケ月である。)そして、甲第一一号証、証人中川隆三の証言、原告ハルヱ本人尋問の各結果によれば、原告ハルヱは入院当初暫く意識混濁の状態が続いたこと、退院後はかえつて症状が重くなり、事故前の職場への復帰は勿論のこと日常生活にも重大な支障をきたす程度であつたこと、しかし、昭和五六年一月三一日には一応症状も固定した事実が認められる。右事実に前記第一項認定の被告の過失の態様等諸般の事情を斟酌すると、原告ハルヱの症状固定時までの入通院の苦痛に対する慰藉料は一三〇万円が相当である。

2  後遺症慰藉料 金六〇〇万円

原告ハルヱの後遺症の程度について検討するに、前記掲記の各証拠によれば、原告ハルヱの昭和五六年一月三一日の症状固定時の自覚症状は、後頭部から頸部にかけての疼痛、左上肢(左肩も含む)、左下肢の異状知覚、両眼の視力特に左眼の視力低下、嗅覚、味覚の脱失、ふらつき、耳鳴り等であつて、他覚症状及び検査結果によつても、両眼の対光反射の著減による羞明が存在し、視力は裸眼で左右とも〇・三に低下(事故前〇・六)し、嗅覚の完全脱失、味覚の脱失等があり、軽度の嗄声と軟口蓋の非対称性が認められること、これらの症状は、動眼神経、迷走神経、嗅神経、舌咽神経等の脳神経の異常や上位神経の異常、頸部症候群に関するパーレリユー症候群によるもので、その原因は急激な外力の衝撃によるものであつて、本件事故がその原因と目されるものであること、右症状により原告ハルヱは、日常生活にも重大な支障をきたし、事故以来現在まで従前のドライブインでの勤務は勿論のこと家業の農業にも従事できず、炊事等の家事も相当程度の制約を受け、満足にこれに従事できないこと、又ふらつき、耳鳴り等のため神経を集中しなければならない仕事には従事できないことなどの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告ハルヱの視力の低下は自賠法施行令二条別表の九級の一に該当し、両眼が著明な羞明を訴えて労働に著しく支障をきたすものは前同一一級が準用(労災保険における障害等級認定基準参照)され、嗅覚、味覚の脱失は前同一二級が準用され、神経症状は、神経系統に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものというべきであるから、前同七級の四にほぼ該当するものというべきである。右認定に反する乙第一五号証の一四級一〇号との認定は、前掲各証拠に照らしても到底採用することができない。

以上のとおりであるから、かりに原告ハルヱの神経症の認定をより厳しくしたとしても、その余の数個の障害事由の併合、加重を考えると、原告ハルヱの後遺症の程度は少くとも七級と認めるのが相当である。

よつて、右後遺障害による慰藉料は六〇〇万円が相当である。

3  症状固定時までの逸失利益 金二九三万〇六四七円

原告ハルヱ本人尋問の各結果によれば、原告ハルエは、本件事故までは健康でドライブインの店員として勤務するかたわら、余暇には自営の農業にも従事し、さらに家事労働にも服していたこと、しかし、事故後症状固定時までは全く就労できず、家事労働にも殆んど従事し得なかつたことなどの事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、原告ハルヱの逸失利益の算定については、ドライブインにおける収入のみを基準とするのは相当ではなく、賃金センサス第一巻第一表の全女子労働者の産業計、企業規模計、学歴計の平均賃金程度とするのが相当である。そして、昭和五五年度の賃金センサスによれば、右平均賃金は年額一八三万四八〇〇円、日額五〇二六円八四銭であるから、これに事故当日から症状固定時までの五八三日を乗じて得た二九三万〇六四七円(円未満切り捨て)が、症状固定時までの原告ハルヱの逸失利益となる。

4  後遺症障害による逸失利益 金六〇三万五七七二円

前記後遺症障害の程度や、右障害が主として急激な衝撃による神経症状に由来するものであることなどの前記認定の事実に照らすと、原告ハルヱの労働能力の喪失割合は五六パーセント、その喪失期間は七年とするのが相当と認められるので、原告ハルヱの後遺症障害による逸失利益の症状固定時における現価は、前記認定の年収一八三万四八〇〇円に〇・五六を乗じ、さらにこれに七年の新ホフマン係数五・八七四三を乗じて得られる六〇三万五七七二円(円未満切り捨て)である。

5  入院雑費 金一万八〇〇〇円

入院一日五〇〇円として、三六日分の一万八〇〇〇円が相当である。

6  通院交通費 金一〇万二四〇〇円

原告秀明の交通費欄認定のとおりタクシー一往復代七六〇円、バス代一五四往復分一〇万一六四〇円計一〇万二四〇〇円が相当である。

7  損害の填補 金三四万円

原告ハルヱが内金三四万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

8  弁護士費用 金一五〇万円

原告秀明の弁護士費用欄説示と同理由により、原告ハルヱについては、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は一五〇万円が相当である。

よつて、原告ハルヱの請求しうべき損害額は、合計一七五四万六八一九円である。

五  結論

よつて、原告らの被告に対する本訴請求は、原告秀明において、二四〇万九〇五〇円及び右金員から弁護士費用二〇万円を控除した二二〇万九〇五〇円に対する不法行為の後である昭和五五年一一月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告ハルヱにおいて、一七五四万六八一九円及び右金員から弁護士費用一五〇万円を控除した一六〇四万六八一九円に対する不法行為の後である昭和五六年一月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤高正昭)

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